PR

神戸・旧居留地の高砂ビル 「アウトレイジ」の気配が残るレトロビルへ

地元の暮らしと文化

神戸・旧居留地の一角に、少し近寄りがたい空気をまとったビルがあります。
黄色がかった外壁、古い定礎、奥へ続く階段。そして、映画『アウトレイジ』のロケ地として残された一室。
神戸建築祭2026で見学した高砂ビルには、ただ古いだけではない、街の記憶を抱えた強さがありました。

※この記事の写真は、神戸建築祭2026での公開時に撮影したものです。

スポンサーリンク

旧居留地に残る、ただならぬ気配を放つビル

旧居留地にある高砂ビル。

神戸・旧居留地を歩いていると、整った街並みの中に、少しだけ空気の違う建物があります。

それが高砂ビルです。

外壁は淡い黄色を帯び、角には縦書きで「高砂ビル」の文字。
周囲には現代的なオフィスビルやホテルが並んでいますが、この建物だけは、時間の進み方が少し違って見えます。

高砂ビルは、神戸市中央区江戸町100番地に建つビルです。公式情報では、1949年、昭和24年竣工。元々は営業倉庫・事務所として使われた鉄筋コンクリート造、地上6階の建物とされています。現在は音楽ホールやスタジオ、映画やドラマのロケ地としても使われています。

高砂ビルの入り口。

高砂ビルの公式サイトによると、第二次世界大戦後、先々代会長らが配給物資のセメント材料を確保し、この江戸町100番の地に新築ビルとして建設したのが1949年のことでした。その後、本業だった帽子の製造や関連素材の輸出入、保税上屋(営業倉庫)としての役割は時代とともに変わり、1972年からは天井の高さを生かした貸事務所として不動産賃貸業が始まったとされています。

つまりこのビルは、最初から“おしゃれなレトロビル”として建てられたわけではありません。

戦後の神戸で、物資を扱い、仕事を支え、人が出入りするための建物でした。その実用の厚みが、いまの雰囲気を作っているのではないでしょうか。

スポンサーリンク

『アウトレイジ』のロケ部屋が残る402号室

映画『アウトレイジ』のロケ地として無料開放している402号室。

高砂ビルの見どころのひとつが、映画『アウトレイジ』のロケ地です。

高砂ビルの4階の402号室で、2009年夏に北野武監督・ビートたけし出演の映画『アウトレイジ』の撮影が行われました。劇中では、ビートたけしさん扮する「大友組」組長の組事務所として重要なシーンに登場した場所です。現在はその撮影場所を再現し、壁面の銃弾痕なども見ることができます。見学時間は10時30分から19時まで、入場料無料と案内されています。

映画ではこの電源盤付近が登場する。

室内に入ると、そこだけ少し温度が下がるような感覚があります。

机、椅子、壁、掲示物。
どれも大きな演出をしているわけではありません。
けれど、白い事務机や古い電話、壁に残された痕跡が並ぶと、普通の部屋が急に「映画の中の場所」に変わります。

面白いのは、ここが映画のセットとして作られた空間ではなく、実際のビルの一室であることです。

もともと事務所として使える部屋。
そこに映画の虚構が入り込み、撮影が終わったあとも、場所の記憶として残っている。

『アウトレイジ』という映画の持つ緊張感と、高砂ビルそのものの少し硬い空気が、妙に合っています。
このビルには、最初からどこか“物語が起きそうな顔”があります。

きれいに整えすぎていない。
明るく開きすぎていない。
少し奥に入ることをためらわせる。

その距離感が、ロケ地としての説得力になっているように感じました。

階段を降りると音楽ホールが現れる

館内の階段も昭和の雰囲気が残る。

高砂ビルの魅力は、ロケ地だけではありません。

ビルの中を歩くと、階段の光が印象に残ります。
踊り場に差し込む光、壁のざらつき、古い建物特有の少し重たい空気。
階段を降りていくと、外から見たビルの印象とは違う、もうひとつの顔が現れます。

2階にある音楽ホールではライブ演奏を楽しめる。

それは音楽ホールです。

外観からは、ここにライブハウスがあるとはすぐには想像しにくいかもしれません。しかし、その意外性が高砂ビルらしさです。

ロフトから眺めたライブホール。

営業倉庫・事務所として始まった建物が、貸事務所になり、ギャラリーになり、ロケ地になり、音楽の場所にもなっている。

建物がひとつの役割だけで終わっていないのです。

古い建物を残すというと、静かに保存するイメージがあります。
けれど高砂ビルは、保存されているというより、使いながら生き延びている建物に見えます。

壁や階段には古さが残り、ホールには現在の音が入る。
その重なりが、このビルの強さでした。

1949年の定礎に残る、戦後神戸の手触り

ビル外側に残る定礎は少し埋もれて見える。

ビルの外、南側に定礎があります。少しコンクリートに埋もれているようにも見えるあたりが時代の蓄積を感じさせてくれます。

「1949」と刻まれた数字。それだけで、建物の見え方が変わります。

1949年は、戦後の復興期です。
神戸の街も、まだ現在の姿とは大きく違っていたはずです。
その時期に建てられたビルが、旧居留地の中でいまも使われ続けている。

この数字は、単なる竣工年ではありません。

戦後の物資の中で建てられ、仕事の場所となり、震災を越え、時代ごとに用途を変えてきた建物の入口です。

高砂ビル公式サイトでは、1995年の阪神・淡路大震災では軽微な被害で済んだものの、その危機感から、一般の人にも広く親しんでもらえる空間にしようと、1999年春から2階フリースペースを「髙砂小径」と名付け、無料ギャラリーとして展開してきたと説明されています。

ここにも、高砂ビルの性格が表れています。

閉じるのではなく、開く。
壊すのではなく、使い方を変える。
記念碑にするのではなく、人が入れる場所にする。

だからこのビルは、ただ古いだけでは終わっていません。
むしろ、古さを抱えたまま、現在の街に残る方法を見つけてきた建物です。

『アウトレイジ』のロケ地という分かりやすい入口があります。
けれど、その奥には、戦後の神戸、旧居留地の変化、音楽や展示を受け入れてきた時間があります。

少し怖い。
少し気になる。
でも、入ってみると妙に忘れがたい。

高砂ビルは、神戸の街にある“ただならぬ記憶に残るビル”でした。

タイトルとURLをコピーしました