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あの頃のスマスイに会いに行く 2009年の須磨海浜水族園と須磨海岸

地元の暮らしと文化

2024年に神戸須磨シーワールドが開業し、須磨の水族館は大きく生まれ変わりました。
それでも、かつての「須磨海浜水族園」、通称スマスイを懐かしく思う人は少なくありません。

2009年に撮影した写真を見返すと、三角屋根の入口、水槽に近づく子どもたち、イルカライブ館、須磨海岸の空気が残っていました。今回は、写真の中に残るスマスイを振り返ります。

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須磨海浜水族園から現在のスマシーへ

須磨の水族館の始まりは、1957年5月10日に開館した「須磨水族館」です。

その後、1987年に全面建て替えが行われ、「須磨海浜水族園」として新しく生まれ変わりました。
「スマスイ」の愛称で親しまれ、神戸の家族連れや学校行事、遠足の記憶に残る場所になっていきます。

須磨海浜水族園は、2023年5月31日に閉園。
そして2024年6月1日、跡地に「神戸須磨シーワールド」が開業しました。

いまのスマシーは、シャチのパフォーマンスや新しい展示で注目される施設です。
一方で、かつてのスマスイには、もっと日常に近い水族館の空気がありました。

大きな観光施設というより、行きたいときに何度も行ける場所。子どもの頃に見た魚を、大人になってもなんとなく覚えている場所。そんな神戸の人たちに愛されていたのがスマスイでした。

その記憶を、2009年に撮影した写真からたどってみましょう。

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現在の「スマコレクション」に残るスマスイの面影

現在のスマコレクションで展示されている、須磨海浜水族園の全景模型。かつての園内構成が一目でわかる。

現在の神戸須磨シーワールドには、「スマコレクション」という展示があります。

ここでは、須磨海浜水族園で飼育されていた淡水魚の一部などが展示され、スマスイから続く記憶を感じることができる場所。

スマスイと言えば三角屋根の建物。

展示内には、かつての須磨海浜水族園を紹介する模型やパネルもあります。
全体模型を見ると、三角屋根の本館、イルカライブ館、屋外の園地など、当時の配置がよくわかります。

須磨海浜水族園の案内パネル。かつての水族館の変遷を知ることができる。

いまのスマシーを歩いたあとにこの模型を見ると、同じ場所にありながら、まったく違う水族館が重なっていたことに気づきます。

三角屋根の入口がスマスイの顔

三角屋根の本館入口。須磨海浜水族園を象徴する外観として、多くの人の記憶に残る場所。

この三角屋根は、スマスイを思い出すときに、まず浮かぶ風景のひとつではないでしょうか。

入口の上には赤い「須磨海浜水族園」の文字。下には入園券発売機。そして、ガラス面の奥に見える館内の気配。

いま見ると、少し時代を感じるデザインです。しかし、この少し古い感じこそが、スマスイの親しみやすさでもありました。

水槽にかぶりつく子どもたちの興奮で沸き上がった館内

館内に展示されていたサメの頭部標本。強い印象を残す、スマスイらしい展示のひとつ。

館内で印象に残っているもののひとつが、大きなサメの頭部標本です。

水槽の中に展示された白い頭部は、少し怖くて、でも目を離せない存在でした。
子どもにとっては、説明を読む前にまず「大きい」「こわい」「すごい」と感じる展示だったのでは。

スマスイには、そうした直感的に記憶に残る展示がありました。

水槽の前で魚を見つめる子どもたち。須磨海浜水族園が日常の中にあったことを感じる写真。

大水槽の前では、小さな子どもたちがガラスに近づき、魚を追いかけるように見ていました。
かぶりつくように魚を眺める静かな子供たちの興奮が、そこにありました。

頭上を泳ぐ魚とスマスイミュージアムの記憶

須磨海浜水族園で展示されていた大型淡水魚・ピラルク。頭上を通る姿に驚いた人も多かったはず。

アマゾン館では、頭上を魚が泳ぐように見える展示もありました。

通路の上を大きなビラルクがゆっくり通ると、視線が自然と上に向きます。魚を見るというより、魚の世界の下を通っているような感覚がありました。

この魚たちの一部は、現在のスマコレクションでも見ることができます。施設は変わっても、スマスイを知っている魚と今でも会うことができるのです。

スマスイミュージアムに展示されていた大きな骨格標本。水族館の学びの側面を感じさせる展示。

また、スマスイミュージアムには大きな骨格標本も展示されていました。
水族館の中で、ただ生きものを見るだけでなく、その形や構造に触れられる場所でもありました。

イルカライブ館もスマスイの楽しみだった

かつてのイルカライブ館。須磨海浜水族園でイルカショーを楽しめた場所。

須磨海浜水族園では、イルカライブ館でイルカのショーを見ることもできました。

今の神戸須磨シーワールドでは、オルカスタディアムやドルフィンスタディアムなど、より大きな施設でパフォーマンスを楽しむことができます。
その原点のひとつとして、スマスイ時代のイルカライブ館を覚えている人も多いはずです。

華やかさよりも、近さ。スマスイのイルカライブ館には、そんな距離感がありました。

ほのぼのとしていた須磨海岸も懐かしい

通りに面した須磨海浜水族園周辺の風景。

須磨海浜水族園は、海のすぐそばにありました。

道路に面していて、歩道橋から見下ろすと、水族館の建物、歩く人、車の列、海岸へ向かう人の流れが一緒に見えます。これはスマシーになった今も同じ。

水族館だけが目的地ではなく、須磨海岸と一緒にある場所。
夏なら海水浴、散歩、子どもの遊び、帰り道の余韻まで含めて、ひとつの記憶になっていました。

2009年の須磨海岸。まだ昭和のような風情があった時。

2009年の須磨海岸の写真には、いまよりも少しゆるやかな空気があります。
浜辺に人がいて、浮き輪が積まれ、小さな売店があり、子どもが砂の上を走っている。

スマスイの記憶は、水槽の中だけに残っているのではありません。
水族館の外にあった須磨の海の風景まで含めて、ひとつの時間だったのではないでしょうか。

現在の神戸須磨シーワールドは、須磨の水族館の新しい時代をつくっています。
一方で、かつてのスマスイの写真を見返すことは、なくなった場所を惜しむだけではありません。

ここがどのように変わり、何を受け継いでいるのかを振り返る場所として、スマスイの記憶にもう一度会いに行くことができる場所です。

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