NHK朝ドラ「ばけばけ」の主人公として注目される小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)。実は八雲夫妻は、松江や熊本だけでなく、神戸にも暮らしていた時期があります。わずか1年9か月という短い滞在でしたが、その足跡は今も街の中に静かに残されています。
八雲が神戸に移り住んだ理由
明治27年(1894年)、小泉八雲は居留外国人向けの英字新聞「神戸クロニカル」の記者として神戸に赴任します。開港以降、急速に国際都市として発展していた神戸は、海外との接点が多い街でした。八雲にとっても、言葉と文化を伝える仕事を続けるための新たな拠点だったのです。
八雲夫妻が最初に暮らした下山手4丁目
神戸で最初に住んだのは、現在の神戸市中央区・下山手4丁目周辺。外国人居留地にも近いこの一帯は、当時から異国情緒と近代的な街並みが混在するエリアでした。
しかし八雲は、こうした神戸の雰囲気を必ずしも好意的には受け止めていなかったといいます。
八雲が感じた「モダン都市・神戸」
八雲は神戸を「気取ったイギリス風やアメリカ風の街」と感じ、どこか居心地の悪さを覚えていたと伝えられています。急速に近代化する都市の空気は、日本の精神文化に惹かれていた八雲にとって、少し距離を感じるものだったのかもしれません。
旧居跡近くにある教会もひょっとしたら八雲が足を運んだかもと想像できるスポットです。
「小泉八雲旧居跡」の記念碑
神戸での生活は約1年9か月と短いものでしたが、この間に八雲は日本への帰化願いを提出しています。居心地の悪さを感じながらも、日本で生きていく決意を固めていった時期が、この神戸時代でした。
神戸で暮らした住居跡のひとつには、現在「小泉八雲旧居跡」の記念碑が建てられています。
この記念碑は、八雲が神戸に移り住んでからちょうど100年にあたる平成6年(1994年)に建立されたもの。場所は現在の中央労働センター敷地内です。
中央労働センター1階ロビーには「小泉八雲コーナー」が設けられ、八雲と神戸との関わりを紹介しています。街中にありながら、文学者の足跡を静かに伝えるスポットとして、知る人ぞ知る存在です。
華やかな港町として語られることの多い神戸。しかしその一方で、異国から来た文学者が違和感や葛藤を抱えながら暮らしていた事実も、この街の歴史の一部です。
記念碑の前に立つと、八雲が見た「モダン都市・神戸」の姿を想像しながら、いつもとは違う視点で街を歩いてみたくなります。
施設情報
中央労働センター
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住所:神戸市中央区下山手通6丁目3番28号
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アクセス:神戸市営地下鉄「県庁前」駅から徒歩5分







